2023年2月5日日曜日

30億のデバイスで走る憂鬱

 大変なのである。

 先月の末頃から、パソコンの調子がおかしいのである。具体的には開いているウィンドウのフォーカスが勝手にはずれ文字入力が吹っ飛んだり、省電力状態から勝手に復帰したり、タスクバーが立ち上がらなかったりする。

 諸兄らも十分存じているように、私は日常の割と大きな比率をパソコンの前で過ごす無職である。もしかすると無職ではないかもしれない諸兄らのために補足しておくと、無職の日常は無職なりに忙しい。なまじ実家に寄生している場合、何かと気を揉むことも多く、発言権を拡大するには不断の努力と地道な根回しが必要になる。一つ屋根の下に暮らす血を分けた家族であるにも関わらず、対等なパワーバランスはそこに望むべくもない。

 長々と書いたが、別に私はこの雑文で無職の待遇改善を訴えたいなどと大逆無道なことはこれっぽっちも考えていない。これを書くのは、ひとえに前提知識として知っておいて欲しい、という動機でしかないのである。大体、私は他の無職達と比較すればかなり待遇がいいほうだ。欲を言えばキリがないが、そんなこと口にするのもおこがましい身分である。

 しかしながら、残念なことに、人が無職と見れば暇だろう退屈だろう働けなくてかわいそうだろうと思い込む向きは未だに根強い。いっそここではその答えを書いてしまおう。そんなことはない。そんなことはないのである。無職であるが故の種々の制約は勿論あるが、日々はそれなりに忙しく、それなりに充実しており、なにより大体楽しいのである。仕事の覚えが悪いために何をやっても怒られ、それに起因する自己否定との間に板挟みになり、毎日のように晒されるセクハラまがいの物言いに背中を押されて駅のプラットフォームフェンスから身を乗り出しそうになっていた日々とは雲泥の差だ。無職を退屈でつまらないものだと思う人は、おそらく恵まれた職場に勤めているのだろう。私はそうではなかった。それだけの話である。

 さて、このパソコンはまだ社会人だった頃の貯金が少しだけ残っていた時に購入したものである。もう数年前のことであり、当時はこの長引く半導体不足や物価高など勿論微塵の気配もなく、だからこそ私の少ない蓄えでも、所謂ゲーミングPCというやつを購入出来たのだ。性能的には、当時で中の中か下くらいのものだったと記憶している。

 それからというもの、細々としたトラブルを多数対処しながら使ってきた。曰く、液晶ペンタブレットが動かない。動いても動作が安定しない。クーラーファンから異音がする。ゲームがハングアップする。やっと動いたかと思えば終了出来なくなる。実際にはメモリには十分な余力があるにも関わらず、ブラウザを使っているだけでメモリ不足のアラートが出る。突然一切の入力を受け付けなくなる。モニタが全く映らなくなったこともあった。

 ……こうして書き出してみると、まともに動いていた時間の方が短いように思えてくる。実際のところはそうでもないのだろうが、体感としてはずっと癇癪持ちの気まぐれな生き物をなだめすかしながら扱ってきたような気分だ。それでもずっとこのような苦行に耐えてきたのは、私にはこのパソコンしかなかったからである。

 このパソコンを購入してからこちら、私は単発的なアルバイトを除けばずっと無職だったし、時折得たあぶく銭もパソコンを購入するには全く足りなかった。その上私は余暇のほぼ全てをパソコンにつぎ込み、己の創作的な側面を全てそれに依存している。楽曲の製作も、イラストの制作も、小説の執筆も、勿論この雑文を書くのも、全てはパソコンで行っていることなのである。そのうちのひとつとして金になったことはないので、勿論全く趣味の範疇であるが、人はパンのみにて生くるものに非ず、パソコンがあったからこそ私が得られたものは大きい。

 そして今、私の愛すべきパソコンは息も絶え絶えに、断末魔を迎えんとしているように思われてならない。根拠はないのだが、強いて言えば、今までの細々としたトラブルは全て解決出来た。それなのに今回のトラブルはどんなに潜れども解決策が見えてこないのである。だからこそ、寿命が近いのではないかと思えるのだ。

 既に重要なデータはバックアップを取り、作業途中の作品も出来るだけ外部ストレージに保存するようにしているが、終わりがいつ来るかは分からない。願わくば、次のパソコンを用意するまでなんとか生きていて欲しいのだが。

 パソコンのない生活など考えられない。それがゲーミングPCだった場合、尚更である。そのくせ、昨今の半導体不足と物価高によって、きょうび中の中くらいのスペックのパソコンを買うと、当時より3割ほども高いのだ。腹立たしい。

 私は既にパンドラの箱を開けてしまったのである。時折無職をやめることを考えるのは、主にこういった理由からだ。刺激がなくてつまらないとか、そんなことでは断じてない。無職は何年だって続けていられるが、パソコンのない生活は1週間と保たないのだ。私はどうするべきだろうか!辞書で「路頭に迷う」と引けば、そこには私の名が書いてある。