2025年2月24日月曜日

ゲーム機の中のゾウ

 以前にも雑文で軽く触れたことがあるが、私はTVゲームが原則禁止のご家庭に育った。家中を引っ搔き回しても、ゲームらしいゲームはキーリング付きの小さなゲーム機で遊ぶテトリスくらいしかなかったのだ。

 ある日のこと、一体何の気まぐれだったのか今となっては定かではないが、酔って帰宅した父がニンテンドー64を私達に買い与えたことにより、TVゲームの禁は破られた。「ゲームは1日30分」を金科玉条として。

 ここで当時のゲームの造りをご記憶の諸兄は少し思い出してみて欲しいのだが、かつてのTVゲームは今ほど簡単にポンポン中座出来るものではなかった。

 そもそもファミコン時代初期にはセーブという概念が存在せず、スーファミ時代に花開いたバッテリーバックアップはセーブデータがびっくりするほど簡単に消えた。やがてソニーがゲーム機本体に差し込むメモリーカードを採用しても、任天堂(と、セガ)はコントローラーにアタッチメントとして差し込む外部記憶装置を採用し、その結果、基本的にゲーム機の扱いが粗い全国のガキ共は、またしてもセーブデータの消失に泣かされることになったのである。特にアトラスとコナミのゲームソフトのデータはよく消えた。幼心にコントローラパックが悪いのかと思い、少ない小遣いを叩いて買い替えた新古品のコントローラパックにセーブした『がんばれゴエモン ネオ桃山幕府のおどり』のセーブデータも2日後に消えた。

 加えて、当時のゲームはカセットやROMの記憶容量の制約もあったのか、セーブポイントが限られていた。 まさかこの雑文を読む諸兄らがセーブポイントという概念を知らないほどピチピチであるとは思えないが、一応説明しておくと、かつてのゲームは基本的に限られたマップや特定の進行状況でなければセーブが行えない仕組みだったのだ。だから昨今のまともなゲームではもう珍しくもない、クイックセーブ機能を初めて目にした時はかなり驚いた記憶がある。驚いたし、同時に信用出来なかった。私は未だにクイックセーブ機能にうっすら不信感がある。

 私の鮫のような猜疑心に塗れた性根はさておき、特定の条件下でないとセーブが出来ない、という造りでは、必然的にゲームの最少プレイ時間がある程度の長さになってしまう。

 かつて高橋名人(そういうプロゲーマーがいたのだ)は「ゲームは1日1時間」と発言し、所属していたハドソン(そういうゲーム会社があったのだ)で役員会議が開かれるほどの物議を醸したが、我が家ではその半分の「ゲームは1日30分」だったのだからこれはたまったものではない。

 思うに当時のゲームは、高橋名人の例の発言を基にしたのか、1時間程度のプレイ毎にセーブが出来るような造りになっていた節がある。我が家の30分という時間制限が一体何の根拠があって設定されたものか私は今でも知らないが、それはおそらくゲームというものを知らない人間が決めた身勝手な線引きだったということはここで断言しておきたい。

 私など根が臆病なので、例え両親が不在でも時計をチラチラと見ながらゲームをプレイし、20分を過ぎた頃からはもう尻が落ち着かず、思わずTVの前で正座してしまうほどだった。しかし私がどんなに正座で誠意を見せたところで、ゲームを中座出来るポイントまで到達出来ないのだから仕方ない。タイムリミットが迫ればストレスから凡ミスも増え、それでまたセーブポイントが遠ざかる。全く悪循環である。

 私が何に怯えていたのかというと、端的に言ってしまえば両親の癇癪であった。父は自らが買ってきたもののくせにニンテンドー64を雪の降る屋外に放り投げたし、母は電源が入ったままのニンテンドー64のコンセントプラグを引っこ抜き、勢いもそのままに本体は勿論全ての周辺機器をゴミ袋に詰めたことがある。私ことやっと物心がついたかどうかの年頃のガキと、兄こと幾分年長のガキが宥めたりすかしたりして丁寧に扱っていたゲーム機を、彼らはまるで路傍の石のように扱った。そのためにまたセーブデータは消えた。

 そのようなご家庭で育ったわけであるから、私はゲームというものが全般に下手だった。習熟の機会と十分な練習時間に恵まれないのだから当然だ。また、これは流石に話が脇道へ逸れ過ぎるために仔細を書くことは控えるが、実は我が家は友達を呼ぶことも全面禁止であり、友達の家へ遊びに行ったり、友達とどこかへ出かけたりすることも許可制(無論、許可は滅多に下りない)という、ちょっとした閉鎖病棟のような家だったのである。

 勿論全てが育ちのせいであるとまでは言わないが、私がそのために学校で孤立したのは動かしがたい事実だ。小学校6年間で、友達の家へ遊びに行ったという記憶は両手で足りる程度しかない。況や我が家へ友達を呼んだ記憶など、片手で数えても指が余るほどだ。また、通っていた学童保育に、同学年で同性の子供がひとりしかいなかったのも不運だった。その子も2年後には学童保育をやめてしまい、私はギャングエイジを迎えてもギャングになれなかったのである。

 ここまで根気強く読んできた諸兄らは、あまりに前時代的な話の応酬に私の年頃を訝しむかもしれない。別段隠すことでもないし、ゲーム機の話から分かる人には分かるだろうが、これでもデジタルネイティブと呼ばれる世代の古株の方である。私は別に若くもないが、それほど年老いてもいないのだ、実際。

 こうして孤独を募らせた私と違い、兄には広めの交友関係があった。同じ閉鎖病棟で育っておきながら何故こんなにも違うのかと思うが、彼にはギャングエイジの頃にしっかりギャングになれた幸運があったからだろう。兄も私と同じ学童保育へ通っていたが、兄の世代は特に頭数が多かったのである。必然的に交友関係は広くなる。

 今思えば不思議な話だが、私は友達と遊ぶことが厳しく制限されていたのに対して、兄へのそれは幾分か緩かった。年齢的な都合もあるのかもしれない。兄は窮屈な我が家にいることより友達の家で思う存分ゲームを遊ぶことを選び、私は家庭内においても、ゲームに親しむきっかけを落っことしてしまったのである。

 当然、兄は私よりもゲームというものに習熟し、私はと言えば、兄と対戦すれば勿論負け、自分ひとりでプレイしたところでうまくいかないので、必然的に兄がプレイしているのを眺めることが多くなった。兄に付き従って兄の友人達と共に遊ぶ機会に恵まれても、彼らのゲームプレイを眺めることを自ずから選んでいたのだから泣けてくる。

 

 私の人生にゲームに親しめる素地というものが存在しなかったことは、これで十分証明できたのではないかと思う。私とゲームの距離がある程度縮まったのは、私がひとり暮らしを始める年頃になってからだ。

 誰しも初めてのひとり暮らしには妙な高揚感があるもので、それは勿論私とて例外ではなく、気が付くと私はアパートから3駅行った町で中古のゲームソフトを買っていた。

 私はふわふわとした頭のままアパートに帰り、ゲームをインストールして、そして現実に引き戻された。ゲームがあまりにも難しいのである。

 ゲーム機は私がTVの前で正座していた頃から世代を重ね、現実と見紛うばかりのグラフィック、親切なチュートリアル、爽快なゲームプレイを保証してくれるものになっていた。少なくとも、私はそう思っていた。

 しかし、実際目の前で動作する超メジャータイトルは、私にはあまりにも難しすぎた。敵の攻撃が避けられない。自分の攻撃が入らない。親切なチュートリアルであるはずのミッションで2回ゲームオーバー画面を見ることになるとは、流石に私も予期していなかった。難易度設定は既にVERY EASYである。

 万人にとって難しいレベルのものなら、ここまでスマッシュヒットはしなかったはずである。ここから導かれる結論はひとつ。つまり、私のゲーム偏差値が低すぎるのだ。

 私は唖然とした。いつの頃からか、閉鎖病棟のような家で育った事実を言い訳にして、ゲームという娯楽にも、またそこから生まれる交友の輪を広げることにも見切りをつけていたことを今更のように思い知った。

 文明社会には、万事において「最低これくらいは出来なければならない」というラインが確実に横たわっている。 そのための義務教育であり、そのための労働の義務であるわけだが、そのボーダーは娯楽であるはずのゲームにも横たわっていた。

 ゲームが上手いか下手かなど、幸いにも生きていく上では大した差ではないし、見た目からは判断がつかない。私が人前でゲームを遊ばない限り、露見することはないのである。しかし一度「自分には欠けているものがある」と自覚してしまうと、世界から白眼視されているような気になるのもまた人間の性だ。

 私は焦りに似た感情を覚えた。本来であれば学業や就職活動に覚えるべき焦りがこんなところでやって来るあたりが私のダメ人間っぷりを端的に表している気もするが、実際焦ってしまったのだから仕方ない。

 私は少し生活に余裕が出来ると中古のゲームソフトを買う生活を始めた。いくつかのメジャー級タイトルをプレイしたが、あまり自分の技量が上達したという実感はなかった。そもそも昨今のメジャー級タイトルは「クリアしてストーリーラインを追ってもらう」ことが目的になっていて、ゲームとしての難易度はあまりシビアに作られていない気がする。それでもゲームオーバーになる私のような輩がいるので、そういう方面への進化は当然と言えば当然なのだが……。

 その後紆余曲折あって実家に出戻り、無職になった頃から、高校時代の友人達とゲームで遊ぶことが多くなった。私自身はそれなりに研鑽を積んだつもりだったし、その頃にはぼちぼち自信もあったのだが、それは再び打ち砕かれることになる。それほどプレイ時間の変わらないはずの友人達の方が、どう考えても私より立ち回りが上手いのだ。

 人には向き不向きがある。それはゲームのジャンルにおいても、そもそもゲームという娯楽自体に関してもそうだろう。 私はそう自分自身に必死に言い訳したが、それでは私に向いているゲームとは一体何なのだ。

 

 有難迷惑にも、インターネット上には軟派な性格診断から派生した「ゲームジャンルピッカー」とでも言うべきサービスが掃いて捨てるほど転がっている。この雑文を書くにあたっていくつかやってみたが、それらのサービス曰く、私にはRTSやアクションゲームの類が向いているらしい。

 RTSというと『Hearts of Iron 4』をプレイしたことがあるが、 これは散々だった。そもそもゲームシステムが複雑すぎて覚えきれず、RTSの華であるはずの戦争がひとたび始まると、前線が拡がり過ぎてあっという間に領土が溶けていくのである。ならば平和外交でうまく立ち回ってやろうと第三帝国を民主化しようとすると、ファシストの豚共と泥沼の内戦に突入してしまい参った。やっとのことでドイツ全土からナチズムというガンを駆逐し、ドイツ主導による平和的な東欧共栄圏を築き上げようとすると、トチ狂った英仏同盟がドイツ憎しのあまり平和憲法を持つ民主主義国に攻め入ってくるのである。とてもじゃないがやっていられない。

 アクションゲームに関しては、ここまで来ればもう改めて書くまでもなく、大の苦手である。どのくらい苦手かというと、颯爽とスタートしたマリオが1-1のクリボーにやられるレベルだ。なおこの時横にいた友人にぶつけられた「ファミコン初めて触るおばあちゃんでも、わざわざクリボーで死にに行ったりはしない」という言葉は、おそらく私の人生において最も切れ味の鋭い悪口であった。

 インターネット上に転がる軟派な性格診断というものがどれほど当てにならない代物なのかが白日の下に晒されてしまったわけだが、実際のところ、私が今遊んでいるゲームはほぼシミュレーションゲームばかりである。一方でシミュレーションゲームの超メジャータイトルである『Cities: Skylines』は買ったはいいが積みっぱなしであるし、これもまた超メジャー級の遊園地設計シム『Planet Coaster』などは、そもそも興味がない。

 私が今やっているのは、ひたすら自動車を整備するゲームだけである。国境警備をするゲームも大変面白く遊んだが、ある時アップデートでスコアを競うリーダーボードが実装されたために、心が離れてしまった。シミュレーションゲームを遊ぶのに、他人とスコアを競いたい者などいるのだろうか。もしいるとすれば、それこそシミュレーションゲームに向かない人なのではないか。

 他にメジャーどころのタイトルで言うと、パワプロ2024も発売初週に買って遊んでいる。これがまたバグ塗れの酷い代物で、発売から半年以上経った現在でもちょっとおかしな挙動が残っている。尤も私は基本的にマイライフしか遊ばないので(以前までは栄冠ナインも遊んでいたが、今作では仕様変更の犠牲になってゲームバランスが一際おかしくなり、アップデートを重ねた現在でも前作の完成度には遠く及ばないので遊ばなくなってしまった)、あまり気にならない。特に何の目的もなくバットを振ったり球を投げたりしているので、気が付けば球史に残る偉大な選手が爆誕してしまう。

 これらのゲームに共通するのは、「自分で考えなくてもよい」という点だ。ゲームの仕様やルールに従い、ただ上から下へチェックリストを辿っていく。AをBの箱に入れる。CにDという処理を行う。それだけでゲームが進んでいく。これがとても楽しい。

 しかしその一方で、これらのゲームを退屈だと思う気持ちも僅かながらある。シミュレーションゲームというのは多かれ少なかれこのような造りになっているので、目新しさがないというのもあるのかもしれない。少なくともスリルはない。尤もシミュレーションゲームにスリルなどあってはならないのだが。

 あまり一般的とは言えない育ちのせいで、私はゲームと親しめなかった。基礎、素地となる部分がないので、いくら練習してもなかなか上手くならない。他のユーザーと対戦すれば力量の差が露骨に表れ、私の卑屈な劣等感が刺戟される。この世にゲームは星の数ほどあり、一方で私の時間は有限だ。つらい反復練習を行うより、まだ見たことのないものを見たい触れたいと思うのは自然な欲求だろう。所詮ゲームは娯楽なのだから。

 そんな私に残されているのが、チェックリストを辿るだけのシミュレーションゲームである。新奇性こそないが、長く嚙み続けられる。娯楽としては大味だが、長く遊べるのは間違いなく長所だ。創作においても設定を詰めたがる私にとって、ルーチンワークに彩りを添えるバックボーンやディテールの妄想など朝飯前である。却ってゲームそのものが粗削りであるほうが、私の妄想が詰められる余白が広くなっていい。なんGでどんな蔑称をつけられるか妄想しながら遊ぶマイライフもオツなもんである。

 私がシミュレーションゲームを遊ぶのは、とどのつまり他に出来るゲームがないからだ。本音を言えば、シミュレーションゲーム以外のゲームも遊んでみたい。メジャータイトルはやはり面白そうに思えるし、インディー系のシミュレーションゲームは正直どれも同工異曲になりがちであり、そのフィーリングも似たり寄ったりだ。

 だがそれは結局のところ、私の身の丈に合わない願望である。クリボーで死んでしまうような、実は遊ぶより見ている方が楽しいプレイヤーを真に満足させられるゲームは、今後も出現することはないのだろう。全てのゲーム開発者はひとりの例外もなくゲームプレイヤーであり、当然ゲームは遊ぶ方が楽しいと思っているからだ。

  ゲームは遊ぶためにある。こう書いてしまえば当然に思えるが、それは即ち、私のような育ちの人間が取り残されるという事実の追認に過ぎない。

 

 "やらずにすむゲームはないか?"

 これは吉田戦車の4コマ漫画『はまり道』の、あまりにも有名な一節である。一度でもゲームを能動的に遊んだ経験のある人間ならいずれ到達する境地、遅かれ早かれゲームを遊ぶのが億劫になる瞬間というのはやって来る……と、プレイヤー自身の老いを嘆く文脈で引用されることが多い。

 しかし私のようなゲーム下手の人間から見ると、この言葉は少し違った意味を持つように思える。ゲームは遊びたい。しかし私自身の絶望的な技量のために、大抵のゲームは開発者が意図していなかったほどの難易度で私の前に立ちはだかることになる。

 私のように負け犬根性が染みついていると、壁は越えるものではなく迂回するものだという考えが支配的であり、所詮娯楽であるはずのゲームで敢えて刻苦する理由を見出せない。

 その一方で、私自身も創作者の端くれであるために、ある程度開発者の意図に沿って遊ばなければ不義理であるように感じるというか、開発者が越えるべき壁として用意したものをどうにか迂回しようとする行いは、丁寧に舗装された道を外れて花畑を踏み荒らすような露悪的な行為に思えてしまい、結果として絶望的な技量と創作者としての人倫との間で板挟みになってしまう。

 その点、やらずに済むゲームなら確かに安心だ。敢えて刻苦する必要も劣等感を刺戟されることも、自身の良心が悲鳴を上げることもない。真に快適なゲームプレイが約束される。尤もプレイはしないのだが。

 もしかすると、開発者もやらずに済むゲームを求めるようになって初めて、私と同じ視点に立つことが出来るのではないだろうか。文字通りやらずに済むゲームの形はまずあり得ない。しかし遊ぶ上で不快な思いをすることのないゲームはあり得るかもしれない。それこそが「やらずに済むゲーム」の実態であり、私が求め続けているものである。

 世のゲーム開発者達が存在すら知覚していない象限にも、ゲームが好きな者は蠢いている。彼らがその象限に住まう者達を今まで取り残して来た事実に自覚的である必要はない。その象限の存在を知覚してもらえれば済む話である。面白いゲームを面白く遊びたいとは言わない。私が面白く遊べるゲームが1本でも多くこの世にあってほしい、という願いがあるだけだ。